Pheedo系RSS広告は悪
別にPheedoという固有名詞に恨みはなくて、単に「それが代表であろう」という意味。
ウェブ広告は、常にいわゆる「嫌儲」とか「ビジネスモデルに対する破壊」とかいう観点から語られてきた。これらの、言ってしまえば「平和」な議論を始めようという訳ではない。
PheedoなどのRSS広告は、おそらく以下に示すような「事象」の成立と無関係ではない。そしてその「事象」こそが、RSS周辺の様々な問題の原因だ。
最近、中島聡氏のブログでは、自身が運営しているPhotoshareの話題が多い。気に入った写真などの紹介も多いのだが、そうしたらその記事でこんなコメントが。
最近、この手のエントリが続いていますが、そもそも技術系のエントリに興味があって、RSS 購読を始めた私としては、RSS 購読の継続をためらってしまいます。
(略)
特定のジャンルでの第一人者(アルファブロガー)として一度認識されると、こんなこと言われちゃうようになっちゃって大変だなあ。
まぁ、そうなんだろうけど、ここでは別の観点から見る。
「あるウェブサイトが配信するRSSから特定アイテムを除去することは道徳的に良くない」。
……「道徳的に良くない」という言葉が微妙、というかその言葉が正しいかどうかを考えることが上記の「平和な議論」であるので、まぁ「仮に」ということにして下さい。つまり言い換えれば
「あるウェブサイトが配信するRSSから特定アイテムを除去することは、そのサイトのウェブページから特定要素(バナー広告など)を除去することと同じである」。
これが、Pheedo系RSS広告サービスの生んだ「事象」だ。
RSSとはURLリストだ。汎用性が高く、リーダーとの組み合わせにおいて様々なスタイル(メーラー型リーダーを使ってデータベースを作ることもできるしデスクトップ貼り付け型リーダーで常時表示させておくこともできる)で利用可能なURLリスト。
その「URLリスト」であるRSSにおいて
- 特定のアイテム(行)を抽出したり他のRSSから抽出したアイテムとマージしたり特定条件でソートしたりする
- 特定のアイテムの特定のセル(例えば「記事本文」)から不要な要素を除去する
これらの意味は、違う。「その差に意味があるのか」という議論が、即ち「バナー広告除去はどーなのよ」と同じ議論であるが、意味があるにしても無いにしても、上記の二つは、違う。

Pheedo系、とここでは言っているが、記事と記事の間に広告記事を挟むタイプのRSS広告は、むしろ「これマジで無意味じゃん」というレベルで「あり得ない」サービスだった。だって「リスト」において特定の行を抽出する、もしくは特定の行を無視するのは「当たり前」だから。例えば適当なニュースサイトの中で「iPhone」キーワードが含まれる行(記事)のみを抽出したい人だっているだろうし、特定のキーワードが含まれる行を除外したい人だっているだろう。その通常利用の範囲内で、Pheedo系のRSS広告は普通に消されてしまう。

記事本文などに対してバナー広告画像(の表示タグ)を挿入するタイプの広告は、違う。重ね重ね言うが「その差にそもそも意味があるのか(いずれにしてもAdBlockとかで消されるのでは?)」という議論はあるだろうが、少なくとも、違う。
……もちろん、こんなネットの片隅にいる君は適当な手段で、例えば「特定ジャンルの情報サイトを片っ端からグルーピングしておき、それらのサイト内の、特定キーワードを含む記事のみを抽出して全サイトまとめた時系列で表示」といったRSS活用を行っているかもしれない。僕が書いて、今ウェブで読めるのは……多分
くらいかもだが、まぁ、いくらでも方法はあるっちゃ、ある(RSSはURLリストであるので、このような操作は容易だ)。ここで問題としているのは、なぜ上の元記事のコメントの人は、このような方法を使っていないのか、ということだ(「それを使っていない彼が悪い」のではなく、「それを彼に普通に使わせていないものが悪い」)。
「RSSファイル」という、その一ファイルの総体に対して、ウェブ管理人がある種の権利を主張する(それは「広告記事を消すな」を含む)ならば、もうそれは「リスト」ではない。例えば「この記事の末尾の直後には俺が一つ前に書いた記事の冒頭がなければならない」と言ってしまったら、それはただの一次元データであって、「リスト」である必然性すら無い(残るのは「統一されたインターフェイス上で各サイトの記事を読む」だけだ、もちろんそれにも多少なりとも意味はあるだろうけど)。
※参考:RSS全文配信はWeb2.0か
だからこそ、「自由に」利用して貰うためのRSSを、本当に現在〜近未来において全文で配信すべきなのか?という疑問が、むしろ僕はある。
Livedoor/Bloglines/Googleリーダーと、少なくとも現代日本におけるウェブRSSリーダーの三強は、どれも「このサイトの記事の中で特定キーワードが含まれる記事を除外」という機能を搭載していない。「その機能が重要」という意味ではない。「それが基礎」であり、その先にある可能性こそが重要なんだ。
直接的に繋がる話ではないですが……。
この事象は、おそらくPheedo系RSS広告の存在と無関係ではない。
そして、だから、現在アルファブロガー(わお)は日記を書けない。「それが(自分/公共?にとって)無価値である」ということと「マイナスである」ということは違う。「ちゃんとした」リーダーがあれば、例えば「日記以外のRSS」なんてものをわざわざ別途用意する必要は無いんだ(そんなことはクライアントサイドで勝手に普通に行えば良いことだ)。

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