iPhoneローカライズの不安
これは、僕も入手直後から記事を書くときに「重要なポイント」とし続けてきたことだけど、iPod touch/iPhoneの最大の魅力は「操作感」だ。いわゆる「スペック比較」「機能比較」ということで言うならば、iPod touch/iPhoneは決して「革命的なガジェット」ではない。ただ、操作感において「革命的」なのだ。……と、まぁ、これは今更ネットの片隅で声を大にして言うほどのことでもない(少なくとも「なくなっている」)ので省略する。
それは、言い換えれば、こういうことだ。「決して高くないiPod touch/iPhoneのスペックで快適に利用できる、つまり『分相応な』インターフェイスが採用されている」。
そして、そうであるが故に、iPod touch初期FW(1.1.1)のボトルネックは日本語入力で、あのソフトウェアのデキの悪さは本当に酷かった。同じ失敗をiPhone3Gの初期FW(2.0?)で繰り返さないことを、祈る。
iPod touch/iPhoneが「ガジェット全体で」として持っている弱点は、ずばり、タッチパネルであるが故のクリック(いや「クリック」じゃないけど)感の無さ。「今果たして認識は行われたのか?」「今自分はどこをクリック(というかタップ)したのか?」という、クリック感が致命的に無いのだ。それはもう、「タッチパネル」の持つ本質的な弱点として。
だから、iPod touch/iPhoneは常にこの「クリック感」を「画面の動き」で実現している。例えばトップメニューでアイコンを押したときの色変化、指を離したときの起動エフェクト、ジャンルだかアーティストだかを選んだときの背景色変化、指を離したときのエフェクト……。そういうものによって「クリック感」は実現されている。
そしてこれらは、少なくとも僕の感覚として、成功している。「バイブレーションによってクリック感を実現するタッチパネル端末」は「逃げ」だ。画面効果でクリック感を実現できるならそれにこしたことはなく、この戦い(ステレオタイプだがエニックスとAppleはやっぱりこういう部分の詰めが非常に上手い)の最前線に身を置くことをせず「バイブレーション」を採用するなんて選択を、するべきでは、ない。
iPod touch/iPhoneは、まぁつまりアメリカ人のためのガジェットであり、それを日本人用にローカライズされたものを、僕らは使っている訳だけど、このローカライズ。iPhoneにおいて、「初期バージョンできちんとしたローカライズを行う」ということの重要度は、おそらくiPod touchの時よりも高くなる。
iPod touchの初期FW(1.1.1)における日本語入力は、非常に質が悪かった。開発者があの人なせいか(ぉぃ)ほとんど叩いている人がいなかったが、はっきり言って非常に質が悪かった。「iPod touchを語る際に日本語入力に触れない」のは大人の態度だと思うが、「日本語入力も素晴らしい」と書くのは単にセンスが悪いだけだろ?と、書かないのも大人の態度ですけどね(なんのこっちゃ)。
……もちろんこれは別に「あの人に対する批判」ではなく「iPod touch1.1.1の日本語入力という物に対する批判」ですよ?(←大人未満の態度)

その後1.1.2↑でこの問題は一応一度解決されているのでちゃんと書く。
iPod touchにおける日本語キーボードでは、qwertyキーをタップすると
- タップされたキーを示すエフェクト
- それによる予測変換結果
が表示される。問題は、これらの処理が同時に行われていたこと。
- タップされた瞬間にエフェクト描画
- バックグラウンドで予測変換を動かし結果が得られた段階で表示
ではなかったのだ。最初にも書いたように、iPod touchの処理能力は決して高くない。故に予測変換処理がもたつき、それを待っているエフェクト表示ももたつく、と。
しかも「予測変換」は最初の一文字目から発動する。例えば「r」をタップした瞬間に発動する。一文字を元にした予測変換は「rakisut」から「らき☆すた」を得る予測変換よりも「重い」処理であるため、最初の一文字をタップした時の「重さ」は酷く、エフェクトが表示されるまで2秒くらい(?)はかかっていた。……そもそも「遅れる」ということ自体がiPod touchの、少なくとも他の部分の設計として「あり得ない」ことなので、「1秒なら良い」ということではない。そして数文字連続してタップするとエフェクトがスキップされる、と。こんなことは、iPod touchの他の全ての部分において決して起こらない。
はっきり言って、これは本当に「ボトルネック」だし、「iPod touchというガジェットのコンセプトそのものを壊す仕様」だった。他の部分において徹底されている、iPod touchというガジェットの革新性を担っている、「操作と画面のシンクロ感」を、日本語入力だけが壊している。
「初期バージョンだから完成度が低いのは仕方がないし、実際にバージョンアップで解決された」
その通りだ。だが、あの初期ファームウェアは、こんな精度の低い骨幹機能の上に、例の「説明が凄く難しい独自機能」であったりを「追加」していたのだ。「らき☆すた」が出るよ!とかもどうでもいい。順序が、圧倒的に、間違っている。
「予測変換」という機能自体、「何があっても必須」ではない。1.1.1の音楽再生機能に歌詞表示機能が搭載されていなかった(これも1.1.3、だったかで搭載されました)のと同様に、別に、そんなものは後付けでも全く構わない。そんな本質的でないものをいくら捨ててでも、iPod touchは、ユーザーに(Apple的に言えば)「体験」をさせるべきだったし、実際にさせていた。あの日本語入力を除いては、だ。この順序を、日本語ローカライズだけが守っていなかった。問題にしているのは、その「優先順位」だ。
※6/12追記
誤解がないようにもう一度書いておくが、「ファーストリリースから完成度の高いソフトウェアを載せなくてはならない」とは言っていない。もちろん、スケジュールや値段などと折り合わざるを得ないからだ。しかし、iPod touch1.1.1は、その「折り合い」の方向性を決定的に間違っていた。極端なことを言えば、「1.1.1は予測変換機能が未搭載」「結局1.1.4の現在になっても搭載されていない」という状況であったとしても、別にそれは「iPod touchというガジェットのコンセプトそのものを壊す仕様」ではない。「iPhoneに望む機能」みたいな記事(の日本版)に書かれることが一つ増えるという、ただそれだけの話だからだ。ここで問題にしているのは、上記の「優先順位」だ。
iPhoneが日本人ユーザーに受け入れられるか。何台売れるのか。……これらは、まぁ散々言われているように、大部分において、「日本人の携帯電話ユーザー」という集合の性格などに依存する問題だ。しかし「ローカライズの質」は違う。完全に、作り手に依存する問題だ。刷新(というか追加)される新日本語入力インターフェイスにおいても、またiPod touch1.1.1の時と同じレベルの酷いソフトウェアを「初期ファームウェア」とするならば、それを敬遠するユーザーに対して、僕は「リテラシーが低い」なんて決して言えないし、「きっとバージョンアップで解決されるからファームウェアバージョンアップのたびに電気屋に行って触ってみるべき」とも言えない。僕はそうするだろうけど、人には、ましてや、「体験」を踏みにじるインターフェイスに正常な拒否感を感じることができる人には、言えない(そして、どう考えてもiPhoneにおける日本語入力の重要度はiPod touchにおけるそれより高い)。
……だから「完全に新しい日本語インターフェイス」をiPhone初期バージョンに載せる、という判断を、いまいち信頼することができない。またあんなに質が低いソフトウェアを載せるくらいなら、「既にtouchで一定の使い勝手に達している古いソフトウェア」だけを載せる方がマシだ。「新インターフェイスを十分な完成度まで仕上げることができたのでiPhone2.0で搭載させる」ということなら、もちろんそれにこしたことはないんだけど……。
(Appleの言うところの)「体験」は、電器屋の店頭で商品を弄った全ての人に理解可能な性能だ。「PC+無線LAN+iPhoneで変わるライフスタイル」みたいな点に関して、君が思う「一般人」の評価能力が君以下であったとしても、「体験」に対する評価能力は、君も彼らも変わらない。だからこそ、初期バージョンでも、きちんとした、ローカライズを。

TrackBack
この記事へのトラックバック