テクノとしてのボーカロイド
すみません、構築中にエラーが起きたような……(詳細未確認)。とりあえず再アップしておきます
例のアレに関して、「リスニングテクノ」としての観点がないような気がする(いや、僕が見つけてないだけかもですが)のでちょっと書いてみる。…… 先に書いておくと、僕は致命的にアニソンと声優文化を理解していないので、その観点は、無い。あくまで一リスニングテクノファンの観点であって、それ以外の何でもないことは先に書いておく。
「音楽」というものは、実のところ、現在形として、「ヒーロー」を求めている。と、僕は思っている。
これは「バンド」的な観点から例のアレを語る人間の文章において鮮明なんだけど、ロックとは、例えば「対バンしたバンドの、ちょっと気になるアイツ」とか「21世紀最初のロックスターは○○だ」とかいう、それこそ漫画「BECK」的なヒーロー像と共にある(と言うことも可能である)。これはおそらくアニメ文化においても同じであり、つまり例のアレにはキャラクター設定が必要であり、それは「プラットフォーム」になり得る存在でなければならなかった(んですよね?)。
ボーカルだかギタリストだかが「ヒーロー」になるという、その観点からの脱却を目指す、匿名性を求めるポストロックにおいても、リスニングテクノにおいても、その「ヒーロー」という像は存在している。匿名性を求めるポストロックの、その中の名盤……Tortoise「Standards(ISBN:B000056O2R)」など……においても「ヒーロー」という像が存在していることは、ある意味で言えば「皮肉」なんだけど、つまりそれがある「構築者」の作品であるという意味において、テクノは「ヒーロー」を求めている。Tortoiseの音は、あるいはリスニングテクノなAphexTwinの音は、Prefuse73の音は、あらゆる「名盤」の音は、仮に同じ機材を全て揃えたとしても他の誰にも作れない、その「構築者」の音なんだ。
Prefuse73
「カリスマラッパー」のライムを呟きに変えた、とかいうフレーズで最初に売り出されたような記憶があるヒップホップネタテクノ。いわゆる普通のヒップホップを切り刻むカット&ペーストを行い、ある世界観を構築するテクノ。と思って貰えれば、まぁ大きな誤解はないと思う。1st「Vocal Studies + Uprock Narratives(ISBN:B00005IBIA)」、2nd「One Word Extinguisher(ISBN:B00008PTDY)」、3rd「Surrounded by Silence(ISBN:B0007QRAPU)」、本当は5thな気もするが前作がなかったことにされてる(「○年ぶりの新譜」が3rdからの年数)4thの「Preparations(ISBN:B000VGSQA4)」……と聴けば、解体/再構築から「新たなるもの」の構築に向かう流れが鮮明になるかな、と思う。
リスニングテクノのヒーロー像とは、例えば、深夜にヘッドフォンと機材で作成したデモテープをヨーロッパに送りつけてデビューした、ケンイシイというテクノミュージシャンである。と、僕は解釈している。
ケンイシイ
上智卒の元電通社員で、上記の流れでヨーロッパからデビュー。卓球のラジオ等で逆輸入され、JeffMills(たしか)というフロア系のミュージシャンに「君はもっとフロアを意識しなよw」と言われてフロア寄りの音を作ろうと努力するが根がヒッキーなので迷走を開始。その後は、織田裕二主演映画のテーマ曲は元電通社員として気合いを入れたり、「Sleeping Madness(ISBN:B00002DEKI)」というアルバムで微妙に復活したり、その後のアルバムは相変わらず迷走していたり。「Innerelements(ISBN:B000007148)」に収録されている「Pneuma」は、いわゆる「テクノ」というフォーマットで(日本の祭り囃子にも象徴される)東洋感覚を実現した名曲だと思いますよ。
ボーカロイドに、ロック的な「ヒーロー」は存在しない。ただし、これは、設定を持ったキャラクターが(例えばアニヲタ層にとっての)「ヒーロー(プラットフォーム)」になり得るという、その意味を有しているだけではない。それと同時に、並列に、ボーカロイドが人間に近付くことは、「構築者」というヒーロー像にとっても、意味を持っている。
ここから先は、別に「キャラクター設定を持ったボーカロイド」ではなく「ボーカロイド」に関する話なので、例のアレのファンな人は怒らないで欲しいけど、(キャラクター設定のない/人間と区別が付かない)ボーカロイドには、「主体」がない。つまり、上記のPrefuse73が「カリスマラッパー」を解体した、その「旧主体」すら存在しない。別の言い方をすれば、それは「ポストカルチャー」としての構築ではなく、その音楽は、単独で存在することが、できる。ボーカルをやりたい女の子はそこら中に存在していて、「彼女らが主体を持つ人間である」ということは、例えばロック的な観点においては「必要なこと」で、しかしそれは唯一の観点ではない。
※せっかく再アップしたので10/31追記
「その先」、つまりこの記事で書いてきた全てを「過去」とする、「主体のない音楽」がいずれ登場するか否かについて考えるのは当記事の趣旨ではない(し、「ロックスター」や「キャラクター設定のあるボーカロイド」から直接的に考えられる問題ではない)。その先に存在するのは「あらゆるヒーロー像/主体のない音楽」で、その音楽(がいつか成立するなら)にとってロックとテクノとキャラクターを持ったボーカロイドは、全て「並列なる過去」となる、はずだ。
最後に追記するなら、僕は「構築者」というヒーロー像を持つリスニングテクノのファンとしても、所詮マイノリティに過ぎないネットヲタの一員としても、あらゆる意味で、選択肢が増えること、何かが過去になることは時計の針が進んだ結果であり、素晴らしいことであると思っている。100年前に生まれなかったという意味で僕は幸福だし、100年後に生まれなかったという意味で僕は不幸だ。

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