RSS全文配信はWeb2.0か
かつて、tokixはtokix.netの中の人だった。今、tokix.netはtokixのコンテンツ発信の場であり、今後この傾向は強まっていく。ただ、「今」は「今」だ。
……本当は「rhyme」「ムーノーローカル」とか書いた方が伝わりやすい気がしなくもないんですが、僕がどんな個人サイトのファンだったか/どういう集合の中にいる人間か、とかいう話と今回の話は微塵も関係ないのでネットの片隅の零細サイトが例でごめんなさい。
2005年11月に「ユーザーのためのweb2.0講座」という記事を書いた。まぁ、抽象的というか電波な記事なんだけど、基本的な部分での方向性は間違っていなかったと思うので引用しておく。
コンテンツとは、一人一人のユーザーが行う「発言」と言い換えられるだろう。
この言い換えも「Web*」の「*」によって進化するものであり、例えばWeb1.0においては「ウェブサイト(ウェブページ)」であったし、(ハイパーリンクとトラックバックで関連性を持ち合う)blogにおいては「ウェブページ(記事)」であるのだが、究極的には、web2.0の世界においては「発言」と言い換えられるだろう。
この問題故に、ブログRSSの全文配信は、現在〜近未来において必ずしも望ましいことではない。
ブラウザお気に入りに登録される個人サイトの数は減少している。このことだけを取っても「サイト管理人たるものは毎日自分のサイトを更新しなければならない」という傾向(つまり、まぁ、ムーノーローカル〜九十九式の時代の時代性/を生んだもの、とでも)は縮小しており、しかし、まだ残っている。原因は三つ。
- ブラウザお気に入り内に個人サイトは残っているから
- 「RSSリーダーに登録される」と言い換えれば、おそらく総数(ブラウザブックマーク+RSSリーダー)には大きな変化が見られず、「更新が頻繁でないブログはユーザーのRSSリーダーから削除される」から
- というかそもそも「αClipperClipsははてブより面白い」で書いたような「スマートサーチ」が全く発達していないので、好きなサイトのHTML/RSSをチェックするのは、「そのサイトの、自分が読みたい新着記事」を読み逃さないためにほぼ必須だから
ただ、それでも、現在が「途上に向かう途上」であるとしても、「サイト名」という情報の重要度は下がっている。文字通り、それは「ウェブサイト」に付けられた名前だからだ。(はてブ経由などで)月に一度以上アクセスし続けているサイトのサイト名が実はうろ覚えだったり……という時代は、既に一部の人間の間では始まっているはずなんだ。
インターネット中の何処かで行われる「発言」の関連性のみが「特定CDの評価」や「また大阪かで1000を目指す」や「映画DVDISOハッシュ一覧」や「Web2.0とは何なのか」などを作り上げるが、その前提は、全てのコンテンツがそれぞれユニークなIDを所有し、関連性を持ち合うことだ。
「コンテンツ」の単位は「ウェブサイト」から「ウェブページ」にシフトしており、この意味において、かつて、tokixはtokix.netの中の人だったが、今、tokix.netはtokixのコンテンツ発信の場であり、今後この傾向は強まっていく。ユニークなIDを付加可能なコンテンツは全て並列に「コンテンツ」であり、Twitterはこの意味で「惜しかった」。
……本筋と全く関係がないのでアレなんだけど、僕はTwitterには「乗って」いない。根本的な部分の設計が(最初に言われていたとおり)、「今何してる」でユルく繋がるTwitter、だからだ。そもそも、一行しか打てないし、時系列が下から上に流れるし、あと個人的に致命的だと思っている点として、「時系列」であり、つまり「ツリー的」というか「マインドマップ的」というか、そういう形でのコンテンツ同士の繋ぎ合わせが不可能だし、と。
で、まぁ、そんなわけで、某誌でTwitter書いた時は「Twitterで合コンを実況中継」とかネタ記事にしましたごめんなさい。
貴方がネットに発信する、ユニークなIDを有するコンテンツは、全て並列だ。……具体的に書こうか、今の状況なら、それはおそらく「Googleウェブ検索に引っかかるんだから」という意味だ。この意味において、俺はいわゆる旧型の掲示板(スレッド単位のURLすら持っていない)での「初心者です○○というツールの使い方が分かりません助けてください」に貴重な時間を割いて答えている人の労働が勿体なくて仕方ない。そんな時間があったら「はてな人力検索」「教えてGoo」に書き込んで欲しいと常日頃願っている。そこに貴方が書き込んだ文章は、「コンテンツ」「ネットの資産」を形成するのだから。
即ち、Twitterは、Google検索に引っかからないメッセンジャー上での会話を、「コンテンツ」とする手段だ。……という部分に僕は本質的に魅力を感じられなかった*1が、これは、ちょっとした設計の違いで「頭の中を流れたフレーズを〜」になり得た。
だから、Tumblrは、ある程度面白い。そして、それらに書き込まれる「コンテンツ」と、その人が個人運営しているブログで公開される「コンテンツ」は並列だ。並列に、その人間*2が発信したコンテンツだ。
「ブログの全文配信はWeb2.0」とかいう文章に疑問を感じていない人には、たぶん共通して一つの観点が欠けている。この先、暫定的に訪れるのは、おそらく「ウェブサイトをRSSリーダーに登録しなくなった」「RSSリーダーで一サイトの記事見出しを羅列表示させることがなくなった」という時代である、という観点。
「RSS」というものは
- 発信者である自分の情報
- ウェブページのタイトル
- ウェブページのURL
- ウェブページの概要
を羅列したファイルに過ぎない。それは究極的に言えば日記ともblogとも(一応ここでは『blog≠日記』という書き方をする)個人運営サイトともニュースサイトとも関係がない。
RSSはURLリストであり、「Rich Site Summary」という言葉を無視して言えば、「一サイトの記事内容を羅列するRSSなんて『材料』に過ぎない」。従って、はてブは一サイトより面白いし、αClipperClipsははてブより面白い。URLリストたるRSSを取得した上で、各記事を「あるサイトに従属する要素」と見なしているBloglinesは、この意味において「現代的」であるに過ぎず。
……長くなってきたが、ここまでに同意して貰えたなら、結論は自然と出る、はずだ。
「RSSを全文配信するか否かで変わるのはアクセス数/それに付随する広告収入」という前提は、間違っている。
Web2.0への途上である現在〜近未来において(「究極の像とは」といった話はこの記事では外す)、RSSを全文配信するか否かで変わるのは、「それが誰のコンテンツか」という、実際的な効力を持つ「記名」だ。近未来的に、僕は様々なサイトの名称や各管理人名を知らなくなる可能性がある。誰の物とも分からない「はてブ人気記事の全文RSS」を読んでいても。……「それで構わない」「それが良い」という「コンテンツ」(はてな匿名ダイアリーはそれを目指している、はず)でないなら、全文RSSの配信には慎重であるべきだ。全文RSSが過去と未来を繋ぐ線の上/或いは線上から少し外れた場所にあること自体を疑わなくても、だ。
そして、「そういうエゴはプゲラ」と言うなら、「全文配信されないRSS」ではなく「ブログ」「個人サイト」とかいうそのものを破壊するべきだ。それは「ネットの全てははてな匿名ダイアリーになるべき」という立場に他ならない。
だって、Web2.0への途上である現在〜近未来において、ブログのHTML/CSSは、Twitterの似顔絵アイコンは、「発信者」という、実際的な効力を持つ記名情報なんだから*3。
……ここを突き進めていくと、あれだけ昔にfavicon.icoを独自仕様で組み込んだIEはとても未来を見ていた、のかもしれなくもない。

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