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何がブログの炎上を生むのか

「多数」とは正規分布における中央であることを、人類は数千年かけて証明してきた。人間は、ウェブページは、平等だけど、平等じゃない。Googleウェブ検索が素晴らしいのは、GoogleがWeb2.0の先端を走っているのは、未来を作ろうとしているのは、PageRankによってウェブページを、平等に、差別化しているからだ。「匿名でしか物を言えないなんて〜」とか「嘘を嘘と〜」とか、そんな台詞を吐かなかったからだ。二つの台詞は等しく古く、故にある意味で「噛み合う」訳だが、僕らはそんな場所に止まる理由を持っていない。或いは、持っているのなら、止めればいい。


ヤフオクのユーザー評価はAmazonレビューより一つ上のレイヤーに存在する。Amazonレビューの「参考になりましたか?」は数字でしかないが、ヤフオクで「悪い」が一つ付いた出品者を発見した僕らは、その評価者がタダのクレーマーであることを発見できるし、その「悪い」を脳内で無効化することができる。そして、Googleウェブ検索は、この作業を人間の脳に行わせないという意味においてヤフオクより更に一つ上のレイヤーに存在する。



社会は、「多数」というもの扱い方を、差別化によって実現する、そのシステムを作ってきた。仕事帰りにアルコール入れて部下相手に偉そうに吐く台詞は、隣のテーブルに座っている他人からの反論を、コロラド州で農業を営むボブさん34歳からの反論を、想定していない。突然飲み屋に入ってきたテレビマンに「実に興味深いお話なので明日の夜のニュースで喋ってくれませんか?」と名刺を渡されたら酔いも覚める、だろう?

重み付けの問題だ。既存の社会は、君らが大嫌いなメディアは、それでも長い時間をかけて、このシステムを、成熟させてきた。・・・これは「そのシステムが完璧である」「あった」「現在も過去と同様に機能している」などなど、一切の行間を含まない。


世界は、インターネット回線の普及とマシンスペックの向上を先に手に入れた。世界に配備されたシステムは、その向上速度に追いつくことができていない。 追いつこうとしているけど、追いつけていない。

YouTubeにアップされる動画の95%は見るに堪えないクソで、でも適当にウェブをうろついている君が適当にピックアップして見ているYouTube動画がほぼ全て上位数%内であるという、その点においては、システムは現代に追いついている。

YouTubeが過去のウェブサービスより一歩進んだ理由の一つは、Flashプレイヤーを他サイトに埋め込むことができるという点にある。閲覧回数やレーティングによる動画の格付けという、それ自体は使い古された手法だが、例えば動画が10000hit/dayなブログに貼られることによって、その動画の閲覧回数は一気に増える。100hit/dayなブログに貼られることによってもある程度は増える。即ち、YouTubeは、動画紹介サイトを、「サイト管理人によるオススメ」の強さを、そのサイトのアクセス数や、その動画の紹介のされ方などによって差別化している、とも言える。

でも、その他の、多くの点において。


Googleウェブ検索における現在の「自動車」検索結果は日産→トヨタ→SUZUKIであるが、これはGoogle社員の意志ではない。「マンパワー」とかいうキーワードは、ここで出てくる台詞であり、多数決主義を意味しないし、例えば人間愛とか、そういう概念とは全く関係がない。「マン」も「ウェブページ」も同じだ。「人類は等しく平等である」という台詞は、PageRankの否定(「純粋な被リンク数のみで順位付けを行うべき」或いは「順位という概念をやめてランダムな順番で表示すべき」)でなく肯定や改善のために、PageRankでなくGoogle八分への否定のために使われるべきものであり、Google八分は、現在のGoogleが「追いついていない」点を非常に分かりやすく語っている。

人間など、人間の愛や思想など、ウェブページに埋め込まれた一つのハイパーリンクと同じ重みしか持っていない。そして、だからこそ、僕は無責任に、その社会的意味とか、そういうレイヤーとは無関係に、何かを、誰かを愛することができる。だって、僕は、当たり前だけど、神じゃなく、タダの人間だから。


そう、Googleの検索順位とは、そのシステムが意志を持っているという擬人化的な表現の上で語るなら、人間より上位のレイヤーに位置する存在の意志、つまり、神の意志だ。未来を作ることとは、この意味において神の創出に他ならない。いつか僕らの前に降り立つ全知全能なる「神」は、何らかの方法で、時代を、自動車会社の序列を、面白動画を、世論を、語るだろう。・・・ただし、まぁ、あれか、普通に書くか。「2ちゃんねる/ネット右翼うぜぇ」系の人向けに書いておくと、その未来が以前と、例えば朝日新聞が国内シェアNo1であるところの「以前」と等しい保証はないし、等しい必要性も、異なる必要性もない。そんなことは、君とも、もちろん僕とも、あらゆるタダの人間と、そのレイヤーと、何の関係もない。疑うなら、今すぐに、Googleを「日産に金貰ってるのか?」と問い詰めればいい。「靖国参拝への賛成/反対」「Google『自動車』検索におけるトヨタ/日産の検索順位関係」は同じレイヤーに位置する。あらゆる行間を、含んでいると思って貰って構わない。


だから、もし君がブログの炎上を嘆くなら、或いは2ちゃんねるの「酷い」書き込みが力を持つことを嘆くなら、書き込みを行った匿名のネットユーザーを批判すること自体、それ自体が間違っている。彼らは悪くない。君が野球中継を見ながらリビングで「また凡退かよ!もう次は代打だって!」という台詞を吐く権利を有するのと同様に、全ての人間は平等に、平等に差別化されるコンテンツを発信する権利を持っている。「氏ね」という書き込みは、決して、それが書き込みであるという時点で、新聞の社説に掲載される編集部員の文章と同等な、そんな存在となるのではない。

もしも、「あってはならない」ブログの炎上があったのなら、悪いのは、未成熟なシステムであり、不完全な神だ。そして、どちらかといえば、悪いのは、そんな未成熟なシステムを自らの意志で選んだ/未成熟なシステムを止まり木に選びながら「未成熟なシステムを運用するためのサムシング」を持っていなかった、人間だ。或いは、君が嘘を嘘と見抜かなくてはならない理由は。

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