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ユーザーのためのweb2.0講座

「Web2.0」という言葉が市民権を得た訳だが、この言葉は常にサービス提供側からの視点で語られる。

Webをプラットフォームとして位置づけ、オープン志向・ユーザー基点・ネットワークの外部性といったインターネット本来の特性を活かす思想に則って提供されるサービスの次世代フレームワーク

近江商人 JINBLOG内「Web2.0 とは 7つの分類と要素MAP

といった説明が典型的であり、別にこの文章はそうした姿勢に対する批判とかでは全くなく、サービス提供側の視点がなければ提供される側の視点など存在しないのは、当たり前だ。当たり前だが、この記事では「別の視点」即ち「ユーザーサイドから見たWeb2.0」を、僕の妄想でお届けします(ぇ)。



・・・と、いった内容(からFlock使いこなしまで)をネットランナー1月号で書いているのでなるべくかぶらないように書くのだが、現在のインターネットは「Web1.5」「Web2.0」の間か、或いは両方にある。何故書き方が曖昧なのかは最後まで読んでもらえれば明確になる、はず。

□Web1.0

かつてのインターネットは「Web1.0」だった。IEという画一的なブラウザによる画一的なブラウジングが「インターネット」であり、即ち、IE上におけるアンカークリックのみが「ネットサーフィン」だった。

インターネットは図書館に、ウェブサイトは一つ一つの本に近い。充実したネットサーフィン、充実したサイトの閲覧は良い本を読むことと同じであり、異なるのは「ハイパーリンク」という概念のみである。一つ一つの「コンテンツ」はそれぞれユニークな「URL」を持ち、あるコンテンツから別のコンテンツへの移動、ハイパーリンクのみがインターネットを図書館と異なる存在にしている。

そう、インターネットの進化とは、「Web*」とは(少なくともユーザーサイドからの視点では)、「コンテンツ」同士の繋がりによって定義される。あるコンテンツ(ウェブページ)はWeb1.0の時代から、他のコンテンツ(他のウェブページ)との関連性を持っている。ただしそれが一方通行の「ハイパーリンク」でありそれ以外でないことが「Web1.0」なのだ。

□Web1.5

既存のコミュニティ・・・おそらくそれは2ちゃんねる・mixi・ラグナロクに代表される・・・は「Web1.5」である。Web1.0におけるコンテンツの繋がりは脆弱であるが(例えばハイパーリンクのみで不特定多数が議論を繰り広げることは可能か?)2ちゃんねるスレッドを使えばどんな議論も、どんな馴れ合いも可能である。即ち、2ちゃんねるのあるスレッドとは、1000個の書き込み・・・コンテンツが位置する集合であり、それぞれの書き込みは、それが書き込みであるという時点で、同じスレッドの他の書き込みと「関連性」を有している(その関連性、集合性こそがスレッドを形成している)。

ただし、こうしたユーザー同士のコミュニケーションはサービスを提供する側の規定する範囲でのみ行われ、その中での馴れ合いはあくまでサービス管理者の管理下にある。既存のブラウザを使ってサイトごとに異なるインターフェイスを使い分ける、或いは、サイトごとに異なるブラウザ・サービス専用クライアントを使ってアクセスする空間性こそがその象徴であり、我々は2ちゃんねるにアクセスするためにJaneを、ラグナロクにアクセスするために専用クライアントを起動するし、ブラウザを使って掲示板を開くにしたって、現在開いているスレッドが2ちゃんねるなのかふたばなのかを常に理解している。

Web1.5は単純にWeb1.0の進化形である訳ではなく、ある意味において退化形であり、つまり、別の言い方をすれば、Web2.0への進化の止まり木である。

2ちゃんねるの「>>1」という書き込みはハイパーリンクの持つオーバーボーダー性を縮小させ、コンテンツ同士の関連性を狭い範囲に閉じこめた(従って我々はWeb1.5空間の2ちゃんねるにおいても「ハイパーリンク」というWeb1.0時代の遺産を用いてサービスのボーダーを超える必要がある)。

さらに、コンテンツの一部はユニークなIDを所有しない。極論を行えば、MMORPGにおけるあるキャラクターの発言はURLを持たない(それは多くの場合他のコンテンツ・・・他のキャラクターの発言・・・に対する関連性すら有しておらず、ユーザーは文脈によってのみ関連性を確認している)。mixi日記に対するコメントはユニークなIDを所有しない(それはユニークなIDを持つ「日記」に対する言及性のみを持っている)。

□blog

blogは、あるとらえ方において「Web1.5以上Web2.0未満」と定義されうる。あるblogサービスを使って運営されているblogサイトのある記事は、別のblogサービスを使って運営されている別のblogサイトの別の記事に対する言及性を、Web1.0の時代からの遺産「ハイパーリンク」によって実現しているが、その逆も存在する。トラックバック。blogは「トラックバック」というオーバーボーダー性・双方向性においてのみ、「Web*」の「*」を高めることに成功した。LivedoorBlogの記事と「はてな」の記事はトラックバックにおいて繋がる(止まり木であったWeb1.5時代の修正)し、記事Aから記事Bへのハイパーリンクは「A→B」という関連性を生み、AからBへのトラックバックは「B→A」という関連性を生む(双方向的な関連性)。

□Web2.0

ただし、ハイパーリンクとトラックバックで、全てのコンテンツ同士の関連性を定義することはできない(例えばそこには2ちゃんねるスレッドが有する集合性は存在しないため、blogによる議論の末端は枝分かれし当サイトのような有象無象だけが存在することになる)し、そもそも、「web2.0」という世界におけるコンテンツ同士の関連性の中に「ハイパーリンク」「トラックバック」が含まれるかどうかも、別の問題だ。

従って、この問題こそが、「blogはWeb1.75かWeb2.0の先取りか」という問題に直結する。


コンテンツとは、一人一人のユーザーが行う「発言」と言い換えられるだろう。

この言い換えも「Web*」の「*」によって進化するものであり、例えばWeb1.0においては「ウェブサイト(ウェブページ)」であったし、(ハイパーリンクとトラックバックで関連性を持ち合う)blogにおいては「ウェブページ(記事)」であるのだが、究極的には、web2.0の世界においては「発言」と言い換えられるだろう。

インターネット中の何処かで行われる「発言」の関連性のみが「特定CDの評価」や「また大阪かで1000を目指す」や「映画DVDISOハッシュ一覧」や「Web2.0とは何なのか」などを作り上げるが、その前提は、全てのコンテンツがそれぞれユニークなIDを所有し、関連性を持ち合うことだ。例えば「タグ管理とディレクトリ管理」といった区分けは「ユニークなID」という前提の上でしか成立しないし、「如何にして全てのコンテンツにユニークなIDを与えるか」という問題より先に「コンテンツの管理方法」を語るなら、それはサービス提供側の論理に過ぎない(「自分らサービスが管理下コンテンツをどのように管理するか」)。

※参考:タグ管理は誰のための技術か

現在のGoogleイメージ検索は世界中のウェブページ上で公開されている画像を一覧検索することを可能にしているが、この検索結果の中にはFlickrで公開されている画像・某画像掲示板で公開されている画像・Winny上で流れている画像は含まれない。現在のGoogle検索は世界中のウェブページ上で公開されている情報を一覧検索することを可能にしているが、この検索結果の中には僕と君のMSNメッセンジャーでの会話内容は(その公開を僕らが望むかどうか以前の問題で)含まれないし、君のラグナロク上での発言も含まれない。


即ち、既存の検索エンジンは、いずれインターネット上の(とりあえず、発言者が共有を望まないコンテンツを除いた)「全ての」コンテンツを検索可能とするし、それこそが「Web2.0」である。この世界においてはmixiユーザーと2ちゃんねらーが「また大阪か」で1000を目指し、/.ユーザーとあやしい住人がWeb2.0の本質を議論する。

この世界においてコンテンツが所有するユニークなIDが、検索エンジンが検索結果とするモノがURLであるなら、トラックバックはWeb2.0の姿の一端である可能性がある(それは必要条件に過ぎないが)。

□ソーシャル・ブラウザ

そして、僕らがその世界・・・「Web2.0」・・・にアクセスするために用いるクライアントソフトが、「ソーシャル・ブラウザ」と呼ばれるモノ(或いはウェブアプリケーションなのだが、この話は外す)の目指す姿だ。

参考:ソーシャル・ブラウザへ

ソーシャル・ブラウザは、ユーザーに現在アクセスしているコンテンツの所在地(サービス提供者)を意識させてはいけない。ユーザーが入力したキーワードでFlickrとふたばから画像を検索しごちゃ混ぜに(例えば「スコア順」に)サムネイル表示させねばならない(ただしここで重要な点は、画像は画像単体では存在せず、必ずそれを勧めるユーザーの声とのセットでコンテンツたり得るということだ、それがコメントであれタギングであれレーティングであれ)し、mixiユーザーと2ちゃんねらーが「また大阪か」で1000を目指す光景を、読みやすくユーザーに提示しなければならない(そしてそこへの、あやしい住人である君の参加をスムーズに行わせなければならない)。


と、以上、これが僕の妄想です!一応色々文献は読んだ上で書いているつもりだが、そして正直具体例とかその実現性とかに関して文句を言われても「いやそれ言われても」としか返せないですが、もうちょい本質的な部分に関しては、僕の妄想がおかしかったら反論とか中傷とか頂ければ真摯に受け止めます。

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