セキュリティリスクとは何なのか
例えば、僕は死んでもAntinnyとかに感染してHDD内ファイルをばらまく訳にはいかない。「ネトランライター(しかも『「ネットワークセキュリティ鉄壁ガイド」』とかいう連載までしてるヤツ)がAntinnyに感染して過去の原稿データとか公開してるよプゲラ」ってのはなかなかに面白いネタであり僕はクビになりこのドメインは消失し僕はtokixを消して別のHNで別のことをしなくてはいけなくなるからだ。ぶっちゃけた話、「(僕にとっての)ウイルスに感染すること」のリスクに比べればウイルス対策にかける金や時間など(多少人よりもかけているとはいえ)微々たるものであり、それをケチるのは割の悪いギャンブルであり、そんな場所で「ギャンブル」を行うのはただのバカだ。
価格コムのウイルス騒動で「自分らのセキュリティ対策には特に問題はなかった」とする価格コム側の論理に感染ユーザーは怒るかもしれない。「あぁ、たしかにお前らは大して損をしてないもんな!だからそんな態度のセキュリティ対策しかしないんだもんな!俺らはリネ2垢盗まれて大変だってのに!」。
価格コムがどのような経営を行っているのか知らないけれど、おそらく価格コムが今回の騒動で失ったであろう「信用」は金に換算可能であり、また失ったであろう「時間」も計測可能だろう。即ち、価格コムや類似サイトが「課題」とすべきは、「セキュリティ対策にかける費用」と「感染の危険度」と「感染時の損害」を今後どのような計算でどのような秤にかけるかであり、それ以上ではない。
個人レベルでも企業レベルでもいい。何故、セキュリティ対策が必要なのか。単純に言えば、ウイルスなどの悪意ある攻撃を成功させないためだ。では、何故それを成功させてはいけないのか。
OK。極めて道徳的な答えだ。niftyの案内ページで出てくる「ウイルス感染のリスク」も一番最初は「知り合いにウイルスメールを送ってしまいます」で、まとめが
自己の損害だけでなく、他者にも多大な迷惑をかけてしまいます!
だそうだから別に上の答えをする人は決してマイノリティではない。そして、だからこそ、「セキュリティ意識」などというものは川の向こう側で叫ばれる類の代物なのではないだろうか。
ウイルスに感染するリスクとは、下記です。
- HDDフォーマット(OS再インストール)が必要になるケースが多いため、結構な時間を浪費させられるでしょう
- 貴方が作ってきた環境やメールなどのデータが消失/流出します
- 貴方がネット上からかき集めてきたアレなデータが消失/流出します
- 貴方がデジカメで撮影したアレなデータも消失/流出します
ウイルス感染時に貴方が失う金・時間はおそらくA円程度でしょう。アンチウイルスソフトは(パッケージ代・ライセンス更新料を考慮し)年間B円程度。一年間の間にウイルスに感染する可能性が(B÷A×100)%以下であればアンチウイルスは不要です。でも、残念ながら、貴方の環境・知識ではウイルスに感染する可能性は(B÷A×100)%を上回ります。故に、貴方はアンチウイルスソフトを導入すべきです。
以前全く関係なくプロテスタントのサイトを見たことがあるのだが、「何故クリスチャンは姦淫を禁止するのか」。このテーマを頭にたたき込んで以下の論理を。
駅前で路傍伝道などをしていますと、そのような男性が、通りすがりの女性に声をかけている姿をよく見かけます。そんな男性がある時、三浦さんにこんな質問をしたのだそうです。「こんな僕でもたった一人だけ手を出さなかった女性がいるのですよ。どうしてか分かりますか?」と。三浦さんは、「いいえ、分かりません。」と答えたそうです。するとその男性は、自分でその理由を、こんなふうに告白したそうです。「それは、僕がその女性を本当に愛していたからですよ。」と。
これは、とても考えさせられる言葉ではないでしょうか?現代はフリーセックスの時代だと言われます。そして、「結婚してなくても、愛していればセックスをしてもいい。愛し合っていれば肉体関係を持つのが当然。セックスをしないのは愛していない証拠だ。」などと本気で思っている方がほとんどではないかと思わされます。
(中略)
姦淫とは、結婚関係以外で性を用い、肉体関係を持つことです。そして、フリーセックスというのは、援助交際はもちろん、婚前交渉、売春、不倫、浮気など、性を結婚関係以外で用いることですから、まさに姦淫の罪を犯すことなのです。
教会に行ってクリスチャンになると、結婚関係以外で性を用いることが出来なくなる、フリーでなくなる、自由でなくなるので、クリスチャンになるのはいやだと仰る方が若い方に時々いるようです。
非常に正直な考えかもしれません。しかし、よくよく考えるならば、フリーセックスのフリーというのは、実は名前だけです。その実態は、欲望に支配された欲望の奴隷、罪の奴隷です。相手を自分の欲望を満たすための道具としてしか見れないほどに欲望の奴隷となっている人が行っているのがフリーセックスなのです。
どんなに愛し合っていても、結婚関係以外で性を用いるフリーセックスには本当の自由がありません。
別にこの文章の趣旨はプロテスタント批判ではないし僕にその意図は無い、ということを理解してくれると嬉しいんですが、これが「信仰」だ(「意図は無い」と書きつつそこを掘り下げるのはアレですが、これほどまでに「プロテスタント」というのは我々・・・という複数形を使って良いのか分からないが・・・とは「違う」。無宗教国家たる日本に暮らしていると「無宗教な我々が特殊、メリケンとかほとんどクリスチャン、そして別に俺らもメリケンもそんなに変わらん、なのでクリスチャンって別に俺らと大して変わらないんじゃね?」と思うかもしれませんが、正直、少なくとも「無宗教な日本人」「日本でクリスチャンをしている人」というレベルでは、それは違うぞ)(というのは別に「自分と違う人間はダメ」の意味ではなくて、単にそこに「川」があるということを書いている、つもり)(とか書くヘタレが運営するサイトへようこそ)。
この文章の前半に真剣に反発する「セキュリティ信者」というのは、つまるところ、この世に「本人が定義している(インターネット性善説的とかとリンクするタイプの)道徳的な意味でのセキュリティ意識を持つ人」「この文章の前半のようなことを言う/実践するヤツ(『でもね、そういう人もきっと心の奥底では気付いているはずなんです』)」「そういった意識について今までには考えたことがない人」の三種類しかいない(もっと言えば、「三種類がいる」)、と思っている人なんだ。それは決して「非難」されるべきことでもないし「非難」する資格のある人などきっといない。ただ、それが「信仰」であり「宗教」であり、「無宗教の人間に何かを理解させる(ないし当たり障りのある表現をすれば、強いる)」上で成立しない論理を唱えさせる要因でもあるはずなんだ。
最近のウイルスが何で「HDD内ファイルを公開」とか「クレジット情報を送信」とかになってるか知ってるか?ご存じのようにウイルスとはアンチウイルスメーカーがマッチポンプで作っている代物なんだけど、最近はインターネットユーザーが増えたせいで初心者(大して重要なデータなんか持ってない人)の割合が上がり、「HDDがフォーマットされる」とかいう攻撃では「リスク」が下がってしまうからなんだぜ?

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