人間が「関数」となった日に
ソーシャルは、「機械による解析」の並列な選択肢であり、つまり、「機械による解析」を否定する選択肢だ。そうして解析したデータをいかに計算し、いかに出力するかという問題は、基本的に「ソーシャル」とは無関係であり、従ってソーシャルは「一人一票主義」とも「多数決主義」とも必然的には結びつかない。これはソーシャルの可能性であるのと同時に、ソーシャルが決して人に対して優しくなどない、人間を「関数」として扱う技術であることの理由でもある。
「だからソーシャルは危険だ」ではない。だから、「人間を関数として扱うから」、ソーシャルは面白いんだ。
データの収集、というものには、基本的に3つのプロセスがある。
- 集める
- 計算する
- 出す
これらの各プロセスは、独立で考えられなければならない。あるプロセスにおいて何らかの選択肢を選んだということが、別のプロセスにおいて何らかの選択肢を選ぶことを、「必然」として求める訳ではない。
別の言い方をすれば、これらのプロセスの総体である「情報収集」というものを、一つの言葉で漠然と捉えてはならない。
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